みつまた職人と出会いました。

記事を書いた人
ryusei

みつまたと出会い、伝統産業を復興させようと、頑張り続けて数十年。
何度も試行錯誤を繰り返しながら、挑戦し続けているみつまた職人の椎葉袈史(けさし)さんと出会いました。

今回は、椎葉さんにみつまた産業の復興について色々とお話を伺いました。

みつまた事業を始めたきっかけ

昔和紙の原料となる植物のみつまた栽培がされとったらしいです。
仕事をしに山に入って初めて見つけた時は、興味もなかったし、
みつまたがどんな植物かも知らんかった。

仕事で山に入る度にみつまたが俺に何か訴えかけている感じがしたったい。

気になってみつまたを使って何かできないかと調べてみたら、どうやらこの植物は、和紙の原料らしい。
当時、教育長をしていたので、じゃぁ地域の子供たちの卒業証書を和紙で一回試しに作ってみようか!と思ったのがキッカケたい。

槻木でみつまた事業を取り組む理由とは

和紙の虜になったってゆうよりは、強いて言えば「槻木みつまたの原料の産地にしたい。」かな、
夢っちゅうほどの大きいもんではないと。やろうと思えばできるったい。

昔槻木が産地だったように、和紙のニーズは年々減少傾向だけど、
別の方法がきっとあるんじゃないかと思っている。

もし槻木の和紙と原料みつまたが有名になれば、仕事も増えるし、人も呼ぶことができる。
最近、実現のためにみつまた畑を作って、栽培も始めたところ。

そうしたら、ちょっとずつではあるけど、少しずつ和紙を目当てに人が槻木に来るようにもなってきた。
多良木町から月に1回、和紙の先生として生涯学習の先生を任されるようになって、
和紙を漉くための施設も建てていただきました。

私は元教育長で、地元の子供のために何かしてあげたい気持ちが人一倍強かったので、和紙を活用した卒業証書の支援もしています。
町を出る子供に記念になるものを創ってあげることができ、私にとっても嬉しい取組みになっています。

少しずつみつまたを知ってもらい、槻木集落を広めていければ、
槻木全体を盛り上げられるかもしれない、その期待も込めてみつまたの可能性を追及しているかな。

みつまたの原動力

好奇心やろうな、って思うよ。女性に対する好奇心も含めて、今考えとってできないことは、明日もできん。
今が一番若い、今日できない事は、明日もできん。やってないと何も進まんたい。だから失敗はあんまり恐れんとよ。

みつまたを通して見えた槻木のこれから

槻木は仕事が少なく、長年林業に従事いた高齢者が、体力的なことを理由にお仕事ができなくなるため、収入源が減っていく現状がある。
もしみつまたが産業になれれば、その高齢者も働く事ができる。

みつまたは国内生産量がだいぶ減っているが、需要をつくり、槻木集落が産地になる可能性もなくもない。どうにかして、みつまたを産業として確立したい。それが自分に課せられた使命だと思うから。
そうして若い人や、勢いのある人たちがこれからの槻木集落を守ってくれればうれしいばい。

まとめ

山奥で出会った椎葉さんは、みつまたを通して、集落の未来を想い挑戦し続ける情熱さを肌で感じました。広がらないことを、諦めず突き進む姿は私も見習わないといけないなと、、、
私たちも何かご支援できることをしていきたいなと思います。りゅーせーさんも動きます。ってか私モサ男になっている(笑)