「週末、何してた?」

月曜日のオフィスで同僚にそう聞かれたら、私は今までこう答えていました。「ああ、ちょっと栄(さかえ)まで買い物に。あとはネットで服を見てたら終わっちゃいましたね」

名古屋での私は、典型的な消費モンスター(笑)。ストレスが溜まると、ついスマホで服をポチる。届いた瞬間は興奮するけれど、段ボールを開けて袖を通した瞬間、なぜか急に冷めてしまう。

「あれ、これ本当に欲しかったっけ?」。

週末の出費は、食事や買い物でだいたい1万円くらい。通帳の残高は減るけれど、心のタンクは満たされない。そんな「燃費の悪い」休日を過ごすのが当たり前でした。

でも、今回の週末は違いました。私が使った金額は、正真正銘「0円」。財布のファスナーを、一度も開けることがなかったのです。

場所は、熊本県の山奥にある「槻木(つきぎ)集落」。コンビニもなければ、自販機も見当たらない。あるのは、透き通るように澄んだ青い空と、清らかな川のせせらぎだけ。

そんな「資本主義の空白地帯」で過ごした2日間が、私のお金に対する価値観を、ガラリと変えてしまったのです。

目次

  1. 財布が「ただの革の塊」になった日
  2. 「お金」ではなく「手」を動かす
  3. コンクリートジャングルに戻って
  4. 豊かさの定義を書き換える

財布が「ただの革の塊」になった日

槻木に向かう前、私は一応、財布に2万円を入れていました。「まあ、何かあったら困るし」という、都会人の保険です。

しかし、集落に着いて数時間後。私はその財布の存在を、完全に忘れていました。

リュックの底に沈んだ財布。そこには私の大切なお金が入っているはずなのに、ここではそれが驚くほど価値のない「ただの革の塊」に見えてくるのです。

なぜなら、ここでは「お金」という共通言語があまり通じないから。喉が乾いても、160円を入れる自販機はありません。お腹が空いても、お弁当を買えるコンビニはありません。

その代わり、ここにはもっと原始的で、温かい「交換」の文化がありました。

「お金」ではなく「手」を動かす

「よう来たねぇ、これ飲みなー」

集落を歩いていると、おばあちゃんが声をかけてくれます。普段の私なら、無意識にコーラや炭酸ジュースといった「刺激」を求めていたでしょう。けれど、おばあちゃんが淹れてくれた熱いお茶を一口飲んだとき、身体の細胞が「これだ!」と喜ぶのがわかりました。

砂糖も炭酸も入っていない。ただのお茶なのに、不思議なほど心が満たされる。ジャンキーな刺激物に慣れきっていた私の味覚が、正常な位置に戻っていく感覚でした。

そして、食事。ここでは、お金を払って「お客様」になることはできません。その代わり、私は「手」を動かしました。

畑の草むしりを手伝う。重い荷物を運ぶ。普段PCのマウスしか握っていない私の手は、すぐに悲鳴を上げます。でも、汗を流した後に手渡されたのは、泥をきれいに落としてくれた新鮮な野菜や、地元で獲れた鹿や猪のお肉でした。

「ありがとうね、助かったわ」

そう言って渡された食材を、シンプルに焼いたり、鍋に入れてたりして食べる。高級フレンチのような派手なソースはありません。でも、その素焼きのジビエを口に入れた瞬間、数百円、いや数千円を払っても得られないような「命の味」がしました。

そして、そんな食材を手渡してくれたおばあちゃんの手は、間違いなく温かく、そして私なんかよりずっと逞しかった。

コンクリートジャングルに戻って

日曜日の夜。私は再び、名古屋という現実に戻ってきました。

車を降りた瞬間に耳に飛び込んできたのは、ひっきりなしに行き交う車の走行音と、けたたましいクラクション。「うるさいな……」つい数時間前まで、星が瞬く漆黒の夜空の下で、川の音だけを聞いていた耳には、都会のノイズはあまりに暴力的でした。

翌日のランチ。私は久しぶりにお店に入り、財布を開きました。レジに表示された金額を見て、ふと「高いな」と感じてしまいました。

もちろん、払えない金額ではありません。でも、あのおばあちゃんのお茶や、労働の対価として頂いたジビエの「重み」を知ってしまった今、ただお金を出して買うだけの食事に、以前ほどの価値を感じられなくなっていたのです。

豊かさの定義を書き換える

「また来てね」

集落を去る時、少し寂しそうな笑顔でそう言ってくれたおばあちゃんの顔が、今も忘れられません。

今回の旅で、私の財布の中身は1円も減りませんでした。けれど、心のタンクはこれ以上ないほど満タンです。

お金を使わなくても、いや、お金を使わないからこそ、人は誰かと笑い合い、美しい空を見上げ、健全に時間を過ごすことができる。

もしあなたが今、ネットショッピングの段ボールの山に囲まれて、「何か足りない」と感じているなら。今度の週末は、財布の中のお金は少しだけにして、あえて不便な場所へ出かけてみませんか?

そこには、Amazonでは絶対に買えない「人間らしい時間」が、あなたを待っています。