「はぁ……」

キーボードを叩く手を止め、無意識に重いため息をつく。

聞こえるのは、同僚たちの忙しないタイピング音と、窓の外から絶え間なく響く車のエンジン音。名古屋のオフィスでPCに向かっていると、ふと強い脱力感に襲われることがあります。

そんな時、私は仕事のスイッチを強制的に切るために、スマホに逃げ込んでYouTubeを開くのがお決まりのパターンでした。

「オンとオフの切り替えが大事」

ビジネス書を開けば、そんな言葉が並んでいます。都会で働く私は、時間を区切って無理やり「オフ」を作り出さないと、プレッシャーと疲労感に押しつぶされそうな気がしていました。

けれど、月に1週間滞在している熊本県の山奥、「槻木(つきぎ)集落」でのリモートワークは、そんな私の常識をあっさりと覆してくれました。

目次

  1. Zoomの背景は「田舎のおばちゃん家」
  2. やりたいことに集中できる場所
  3. スイッチを探すのをやめた日

Zoomの背景は「田舎のおばちゃん家」

槻木集落でのリモートワークの拠点は、築年数が相当古い民家にデスクとモニターを無理やり置いただけの、簡易サテライトオフィス。

部屋に入ると、古い木と畳の匂いが鼻をくすぐり、少しひんやりとした空気が肌を包みます。まさに「田舎のおばあちゃん家」そのものの香りです。

事件は、ある日の社内Zoom会議中に起きました。

私はいつも通り、名古屋のメンバーに向けて真面目な顔で案件の進捗を共有していました。画面の背景に映っているのは、レトロで古めかしい民家の土壁です。

すると突然、ガラガラッと引き戸が開く音がしました。

「なにやっとる? 仕事中にごめんねー」

現れたのは、この民家に住むおばあちゃん。私が慌ててミュートにする間もなく、そののどかな声は名古屋のオフィスにしっかりと響き渡りました。

画面越しの同僚たちは、一瞬キョトンとした後、苦笑い。でも、ピリッとしていた会議の空気は、その一瞬でふっと和んだのです。

やりたいことに集中できる場所

都会のオフィスなら、集中している時の予期せぬ「割り込み」はイライラの原因になります。

でも、ここでは違います。

仕事中に窓から虫が飛んできても。おばあちゃんが突然話しかけてきても。なぜか不思議とイライラせず、むしろ心がほぐれて、リラックスしていくのを感じるのです。

YouTubeの動画を見ているよりも、おばあちゃんと数分言葉を交わすだけで、心の疲労がスッと回復していくのがわかりました。

古い畳の匂いや鳥のさえずりが聞こえ、温かい人との繋がりがあるこの場所では、ただ「自分のやりたいことに集中している」だけ。そこに境界線はありません。だから、ストレスを抱え込むことなく、自然体で働き続けることができるのです。

スイッチを探すのをやめた日

名古屋に戻った今でも、仕事中にふと脱力感に襲われることはあります。ため息をつきそうになる瞬間も、ゼロではありません。

でも、そんな時の解決策は、もう「YouTubeを開くこと」ではなくなりました。

ただそっと目を閉じて、あのひんやりとした土間の空気と、「なにやっとる?」というおばあちゃんの声を頭の中に思い浮かべる。すると、コンクリートのオフィスにいても、私の中に小さな「槻木」の風が吹き抜けていくのを感じます。

私たちはつい、オンとオフを切り替えるための「魔法のスイッチ」を外の世界に探してしまいます。飲みに行ったり、買い物をしたり、動画を見漁ったりして。

でも本当は、スイッチなんて探さなくてよかったんです。必要なのは、自分が深呼吸できる場所を、心の中に持っておくことだけ。

もしあなたが今、オンオフの切り替えに疲れ果てているのなら。自分を無理やりオフにするための行動を、今日は一つだけやめてみませんか。

そして、いつかあなたが、ただそこにいるだけで境界線が溶けていくような「心地よい場所」に出会えることを、心から願っています。