名古屋のアパートの一室。夜のデリバリーアプリを開き、慣れた手つきでマクドナルドのハンバーガーやドミノピザをカートに入れる。それが、都会で働く私の日常でした。
もともと都会への強い憧れがあり、「これからの時代を生き抜くためには絶対に必要だ」と、Webマーケターという職業を選びました。
日中は数字とロジックに追われ、脳みそをフル回転させる毎日。その反動からか、夜になると無性に味が濃いジャンクフードを欲している自分がいました。
届いたピザを片手に、スマホでお笑い芸人のYouTubeチャンネルや、Netflixのドラマを流し見する。
時には「健康に気をつけなきゃ」とシンプルな自炊をしたこともありましたが、静かな部屋で質素なものを食べていると、なぜか猛烈な「寂しさ」に襲われるのです。
その心の隙間を埋めるように、無意識にショッピングサイトを開き、いらない服やガジェットを衝動買いしてしまう。通勤電車の遅延でイライラした時は、とりあえずYouTubeを開いて感情にフタをする。
「幸せ」になるためには、常にお金を使って、何かを消費し続けなければいけない。いつの間にか私の「幸せのハードル」は、見上げるほど高く、そして歪な形になっていました。

そんな私に、思いがけない「第二の故郷」ができました。仕事の関係で月に1週間ほど滞在するようになった、熊本県の最深部「槻木(つきぎ)集落」。
コンビニもなければ信号もない、人口80人ほどの小さな村です。
ノイズが消える朝。深呼吸で解ける都会の「鎧」

槻木での朝は、鳥のさえずりと、さらさらと流れる川のせせらぎで目を覚まします。
布団から抜け出し、そのまま庭に出て、冷たく澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込みながら、ぐーっと背伸びをする。
聞こえるのは、風が木々の葉を揺らすザワザワという音と、遠くの山で鳴く鹿の声だけ。都会のノイズが一切ないその空間に立つだけで、張り詰めていた神経がスルスルと解けていくのを感じます。
ここには、ウーバーイーツもネットフリックスもありません。けれど、私の「幸せの基準」を根底から覆す、ある衝撃的な出会いがありました。
ただの玉ねぎが教えてくれた、本当の「美味しさ」

それは、集落の方からいただいた「ただの玉ねぎ」です。
山の冷たい湧き水で泥を洗い流し、包丁でざく切りにする。特別な調味料なんてありません。フライパンに油をひき、塩とコショウだけでサッと炒めただけ。
それを一口、口に運んだ瞬間でした。
「……なんだこれ。信じられないくらい、味が濃い」
ただの玉ねぎなのに、強烈な甘みと、大地に根を張っていた力強い「生命力」のようなものが、口いっぱいに広がったのです。
マックやピザの暴力的な味の濃さとは違う、野菜そのものが持つ、圧倒的な存在感。「本当の野菜って、こんな味だったんだ」と、26歳にして初めて知ったような気がしました。
塩コショウで炒めただけの玉ねぎで、白いご飯が無限に進む。たったそれだけのことが、涙が出るほど美味しくて、心が満たされていくのを感じたのです。
「幸せ」は、追い求めるものではなかった

夜になり、外に出ると、そこにはプラネタリウムなんて比喩が陳腐に思えるほどの、圧倒的な満天の星空が広がっていました。
宇宙の底から降ってくるような星の光をぼんやりと眺めながら、私はふと気がつきました。
「幸せって、強く追求するものじゃなかったんだ」
お金を出して消費しなくても、何かを無理やり手に入れなくても、幸せは最初から身の回りに落ちていたのです。
美味しく飲める水があり、新鮮な野菜が購入できて、心地よい風も吹いている。その「当たり前」をただ受け取るだけで、人間は十分に満たされるようにできている。
それに気づいてから、私の中で何かが明確に変わりました。
都会の生活に戻っても、以前のように些細なことでイライラすることが格段に減りました。その代わりに、日常のちょっとした瞬間に「楽しいな」「嬉しいな」「ああ、幸せだな」と感じる余白が、心の中に生まれたのです。
究極に「ハードルの低い」幸せを探しに行こう

今の私にとっての「究極の理想の休日」は、決して豪華なホテルに泊まることでも、高級なフレンチを食べることでもありません。
鳥の鳴き声と川のせせらぎで目を覚まし、庭で背伸びをする。本を読んだり身体を動かしたりして、自然の空気をたっぷり味わう。夜になれば、地域で採れたこだわりの食材を使って、質素だけれど温かいご飯を作り、ゆっくりと味わう。そして、ぐっすりと深く眠る。
それが、何よりも贅沢で幸せな時間の使い方だと、胸を張って言えます。
もし今、この記事を読んでいるあなたが、都会のノイズの中で息苦しさを感じているなら。ジャンクフードと動画の海で、正体不明の「寂しさ」に襲われているなら。無理に幸せを追い求めるのを、少しだけお休みしてみませんか。あなたの幸せのハードルは、もっともっと、思いきり下げてしまっていいんです。
スマホを置いて、風の音を聞いてみてください。そして、素材の味がしっかりする野菜を、ただゆっくりと噛み締めてみてください。
もしそれでも足りない時は、いつでもこの槻木集落へ来てください。
私の大好きな第二の故郷が、満天の星空と、最高に美味しい玉ねぎを用意して、あなたを待っています。