「ピロンッ」名古屋のオフィスでPCに向かっていると、ひっきりなしにチャットの通知音が鳴り響きます。
クライアントからの絶え間ない相談、タイトなスケジュールの調整、次々と舞い込む新しいプロジェクト。26歳、会社員。任される裁量が増えるのはありがたいことですが、最近は目の前のタスクをただひたすらに“こなす”だけの日々が続いていました。
ふとスマホを開くと、SNSにはこんな広告が流れてきます。
「今の仕事、辛くないですか? 転職で環境を変えよう!」

転職。この記事を読んでくださっている方なら地方移住やワーケーションもキーワードかもしれません。今、世間では「働く場所や環境を変えれば、今の苦しい状況が改善される」という風潮がもてはやされています。
もちろん、本当に自分に合った環境を探すことは大切です。けれど、僕はその風潮に、少しだけ違和感を覚えていました。
「それって、ただ苦しい仕事から逃げているだけじゃないのか?」と。
今回は、名古屋で会社員として働きながら、月に1度だけ熊本県の限界集落に通う僕が辿り着いた、本当の意味での「働き方改革」についてお話しさせてください。
目次
環境を変えるのは「挑戦」か?それとも「逃げ」か?
誤解しないでいただきたいのですが、僕はワーケーションや移住、そして転職そのものを否定しているわけではありません。それらは人生を豊かにする素晴らしい選択肢の一つです。
ただ、「今の仕事が辛いから」「もっと楽に働けそうな場所があるから」という理由だけで環境を変えても、仕事の本質はきっと変わりません。もちろんめちゃくちゃひどい会社で働いていたら変わるのがいいと思いますが、正直、多くの会社は場所を変えても、仕事における大きな差はないと僕は思っています。
なぜなら、仕事などを通して行う「がんばる」という行動こそが、人生を豊かに、幸せに生きていく上で必要不可欠なことだからです。

仕事は大変です。理不尽なことも、プレッシャーで押しつぶされそうになる夜もあります。でも、大変なことが一切ない人生は、果たして幸せなのでしょうか?充実していると言えるのでしょうか?
苦しいタスクを乗り越えて、全力で頑張った先にこそ、本当の喜びがあります。大変な試練があるからこそ、日常のふとした幸せな瞬間が「より幸せ」に感じられるはずです。
だからこそ、漠然とした不安を抱いて安易に場所を転々とするのではなく、「いま、この現状で最大限の成果を出すためにはどうすればいいか?」を考え、努力し続けること。それが何より大切だと僕は信じています。
バリバリ働くために必要なのは「究極に休める場所」
「じゃあ、ずっと都会で歯を食いしばって耐えろってこと?」そう思われるかもしれません。
違います。人間は機械ではありません。ずっとアクセルを踏みっぱなしでは、いつか必ずエンジンが焼き切れてしまいます。
だからこそ僕が提案したいのは、「どこで働くか」ばかりを追い求めるのではなく、「一生懸命働いてすり減った心身を、どうやって休めるか?」という視点を持つことです。
僕にとってその「究極の休み方」が、月に1週間ほど通っている熊本県の山奥、人口80人未満の限界集落「槻木(つきぎ)」での滞在です。

お金も他人の目も気にしない、本能的な自然との共生
槻木には、コンビニもスーパーもありません。信号機すらありません。あるのは、見渡す限りの深い緑と、清らかな川の流れだけ。
ここでは、都会のように「お金を使わないと楽しめない」ということはありません。他人の目を気にして、無理に愛想笑いをする必要もありません。
ただぼーっと流れる川を見つめ、風で揺れる木々の音に耳を澄まし、優雅に羽ばたく小鳥を眺める。お腹が空いたら、安価で新鮮な地元の野菜や、力強いジビエの肉をいただく。
人間の本能に刻み込まれた「自然との共生」を体感していると、都会で背負い込んでいた悩みやストレスが、嘘のようにスッと溶けていくのを感じます。
スマホ圏外だからこそ生まれる「余白」
さらに槻木の山奥は、スマホの電波すら怪しい場所です。インターネットに繋がりにくく、SNSの通知も、仕事のチャットも届きません。
最初は不便に感じるこの「強制的な圏外」が、実は最高のデトックスになります。
情報のノイズや邪念に邪魔されることがないため、リラックスして完全に悩みを忘れることができます。そして不思議なことに、そうやって頭の中を一度空っぽにした「余白」の時間にこそ、新しい仕事の企画や画期的なアイデアがパッと浮かんでくるのです。
大自然が教えてくれた「最悪、なんとかなるか」という最強のマインド
都会で生活していると、「失敗したらどうしよう」「お金がなくなったら生きていけない」という見えない恐怖に縛られがちです。
けれど、槻木の大自然のなかに身を置いていると、そんな不安はとてもちっぽけなものに思えてきます。自然の力を借りれば、人は何とか生きていくことができる。それを、この村の暮らしが証明しています。

難しい仕事や、山積みになったタスクを前にして心が折れそうになっても。
「まあ、この自然を眺めることがこんなに幸せなんだから、たとえ仕事がうまくいかなくても、最終的には問題ないか!気負いすぎずにやろう」
そんな「最悪、なんとかなるか」という、吹っ切れたような最強のマインドセットができるようになりました。
そして何より、僕が月に1度訪れるたびに「よう来たね」と温かく受け入れ、美味しいご飯を振る舞ってくれる集落の人たちの存在。「自分には、都会の他に帰る場所がある」というこの“心のセーフティネット”があるからこそ、僕は名古屋に戻った後、また全力で仕事に没頭することができるのです。
頑張り続けるための「息抜きの方法」を探してみませんか?
僕は、「全員が田舎に行くべきだ」「多拠点生活をすべきだ」と推奨するつもりはありません。都会が好きなら、もちろんそれは何も悪いことではありません。
お伝えしたいのは、「好きなことに没頭し、今の場所で頑張り続けるためには、自分なりの“究極の息抜きの方法”を見つけることが必要だ」ということです。私にとっては、それが限界集落でした。
もし今、あなたが都会で一生懸命に働き、でも息継ぎの仕方がわからずに漠然とした不安を抱いているのなら。まずはPCを閉じて、どこかへ本気で「休む」ための旅に出てみませんか?
もし行き先に迷ったら、ぜひこの不便で愛おしい限界集落、槻木を目指してみてください。美味しい空気と、温かい人たち、そして「最悪なんとかなるか!」と思わせてくれる圧倒的な大自然が、いつでもあなたを待っています。
私が通っているつきぎ集落(多良木町内)に少しでも興味を持っていただけたら、ぜひ以下の記事もご覧ください!