「生まれた川の匂いを忘れない」、そんな不思議な本能を持つ魚がいます。サケです。

彼らは何千、何万キロという壮大な海を旅しながら、自分が生まれたそのひと筋の流れの匂いを目指して、命を懸けて戻ってくると言います。

名古屋のWeb業界で働く26歳の私が、月に1回、引き寄せられるように熊本県の山奥へと向かってしまうのも、どこかその本能に似ているのかもしれません。

私のもうひとつの居場所。それが、熊本県球磨郡多良木町の最深部にある「槻木(つきぎ)集落」です。Web関連の仕事の傍ら、月に1度、1週間程度ここに滞在して地域の仕事をしています。

完全な移住者でもなく、単なる観光客でもない。そんな私の「関係人口」という視点から、私たちがいつの間にか都会で落としてきてしまった、大切な原風景の記憶について語らせてください。

目次

  1. 険しい山道を登る過程は、まるで「サウナ」
  2. 五感を呼び覚ます「源流の水」
  3. 環境に腐らず、「今、ここ」で幸せになる

険しい山道を登る過程は、まるで「サウナ」

都会から槻木へと向かうルートは、お世辞にも快適とは言えません。

一番近くのスーパーに辿り着くのすら、車で片道40〜50分。落石を警戒し、細い山道で対向車が来ないかとハンドルを握る手にはじんわりと汗がにじみます。スマホの画面からはアンテナが消え、いつしか「圏外」の文字が居座り続ける。

都会の満員電車や渋滞のなかであれば、間違いなく他責的なストレスに変わっているはずの過酷さです。

けれど、不思議とこの長い山道を走っている私の心は、驚くほど前向きで、静かな熱を帯びています。

例えるなら、それは「サウナ」に入っている瞬間によく似ているのです。

サウナの熱い部屋でじっと耐えるのは、肉体的には決して楽なことではありません。でも、誰もそこにストレスを感じないのは、その先に待っている圧倒的な「水風呂」や「外気浴」の快感を、身体が信じて疑わないから。

私にとっての片道50分の険しい道のりは、まさにその後の大いなる解放を知っているからこそ、何も悩むことなく突き進める、ととのいへの大切な「過程」なのです。

五感を呼び覚ます「源流の水」

槻木に一歩足を踏み入れると、標高約500メートルのひんやりとした空気が身体を包み込みます。

耳を澄ませば聞こえてくる、小川のせせらぎ。

川底の石がひとつひとつ数えられるほど透き通ったその水に、そっと手を浸してみる。肌を刺すような痛いほどの冷たさが伝わってきた瞬間、頭の奥の霧が晴れ、「あぁ、自分はいま生きているんだ」という鮮烈な感覚が湧き上がってきました。

都会にいるときの“水”は、毎月決まった固定費を払い、蛇口から当たり前に出てくる「商品」であり「サービス」でした。

けれど、この源流のひんやりとした湧水を口に含んだとき、ウォーターサーバーの洗練された味とはまったく違う、雑味のない圧倒的な豊かさに、心がじんわりと満たされていくのがわかりました。

環境に腐らず、「今、ここ」で幸せになる

槻木での滞在を重ねるなかで、私の心のなかにはもうひとつ大きな変化が芽生え始めました。

集落では、大雨が降れば水道が止まることも日常茶飯事です。都会なら「なんで故障しているんだ!」と苛立ち、すぐに管理会社へクレームを入れるようなシチュエーション。

しかし、槻木の人々は違います。「あぁ、またか」と笑いながら、アナログな道具を持って泥だらけになりながら、自分たちの手で暮らしを回していくのです。

環境のせいにしない。今ある環境をそのまま受け入れ、そのなかでどう生きていくかを考える。そのインフラの常識をも覆すような力強さに触れたとき、私はハッとさせられました。

名古屋に戻り、日々の仕事や慌ただしい日常のなかで、ふと「今の環境」に満足できず、不満を漏らしそうになる瞬間があります。

けれど、槻木の景色を思い出すいまの私は、かつてのように不貞腐れるのをやめました。

置かれた場所を嘆き、現状を変えてくれる「魔法のスイッチ」を何も考えずに探し求めるのではなく、たとえどんな状況であっても「今、この環境のなかで幸せを得るためには、どう動いたらいいだろう」と、主体的に考えられるマインドセットへと変わっていったのです。

滞在を終え、車の窓から現地の方々に挨拶をしたときの、「また来てね」と少し寂しそうに笑ったおばあちゃんの顔が浮かびます。

その瞬間、私の胸の奥では、あの川を遡るサケのように、「必ずまた、この源流に還ってこよう」という本能のスイッチが、静かに、けれど明確にオンになるのです。

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